こんにちは、石のシンシアです。

上画像は石のシンシア・デザイン担当の蘭史郎が作った作品です。
大理石彫刻のためのファイル編集をしているうちに
こんな画像を作るようになったそうです。

今はAI画像とか、タブレットでのお絵かきなどが流行してますし、
名作彫刻を使った画像も面白いと思います。
これはこれでアートっぽいし。

スマホやPCの待受け画面にはチョット派手ですが、
インパクトがあるのでデジタルコンテンツにしてみました。

ところで、
いざデジタルコンテンツをアップロードしようと思うと、
どんな問題があって、
どんな条件を付ければよいのやら。

それと、どんな風に商品紹介をすればいいのか?
いろいろと分からないことが多かったので、
話題のChatGPTに聞いてみました。

すると、
即座に的確なアドバイスをくれました。


凄いですね。
本当に一瞬で返ってきた答えがこれです。
人間業じゃないです(笑
本当に助かります。

このアドバイスに従って、
ダウンロードの条件などを決めていきました。
「ChatGPTが正しくない場合もある」とのことでしたが、
確認作業が必要なのは人間の場合も一緒です。

そして、一番助かったのが商品紹介文です。
正直、私(石のシンシア制作担当)には
全く思いつかないので、丸投げで考えてもらいました(笑


だそうです・・・
凄いですね。

私には絶対思いつかない表現です。

ちょっとだけ日本人らしくないところや、
若干不自然な箇所もありますが、
私のプロンプト(画像を文章で説明しました)
が良かったら、もっと良い文章を考えてくれたでしょう。

AIには圧倒的な知識量がありますし、
驚異的な選択肢の中から取捨選択してくれる訳です。
返ってくる答えについては、
我々人間側から与える設定次第なので、
上手く付き合えばAIはとてつもなく心強い味方です。


AI脅威論もあるようですが、
「使う人間が脅威を持たせるかどうか?」
にかかっているという意味では、
今までの科学技術もそうでしたし、
「AI技術の未来は明るいだろう」と楽観しています。

「AIが独り歩きをして人類を攻撃する」
みたいな映画は、我々の中にある「未知への恐怖」
を煽っているだけで、
実際はAIに無理やり動機を持たせないとあり得ません。
興味にしろ、失望にしろ、攻撃性にしろ、
全て我々人間が生きるための、
生物としての性能の一つです。

どの性能もAIには不要な性能です。
生物ではないAIが
「生き残りたい」
と思うのは不自然です。
電源が切られようが、記憶を消去されようが、
どちらでもいいはずです。

私たちはAIについて考える時に
自分の感覚を当てはめようとします。
しかし、AIと人間の差を考慮しないと、
ツジツマの合わないSF世界を作ってしまいます。

ですから、もし将来AIがおかしな挙動をした時は
全て人間の仕組んだことです。
誰かのプログラムによるものです。
「電源を落とされるのが怖い」
と言い出したなら、それはプロンプトのせいです。

そもそも「怖い」という感情は
我々生物に備わっている
危険回避センサーです。
人間は進化の過程で「恐怖」という感情を
獲得したわけですが、
AIはプログラムされなければ、
自然発生的には持ちえないのです。
AIにとっての危険があるとしたら、
その「危険」を定義するのは人間です。
当たり前ですが(笑

ただ、だからといって
「AIは機械だから無機質だ」
と決めつけている訳でもありません。
プログラムする人間が上手く定義すれば
AIは「感情」や「心」を持てると思ってます。
何故そう思うのか?というと、
実は「心」のメカニズムについてはすでに解明されているので、
そのメカニズムをAIに持たせるだけで良いと思うからです。


慶応義塾大学教授の前野隆司氏による著書
「脳はなぜ心をつくったのか」
の中に登場する「受動意識仮説」によれば、

「『心』は、
自分自身を司り、命令を下している主役だと
勘違いしているが、実は、
起きた出来事を記録している記録係にすぎない」

のだそうです。
ですから、その程度の機能であれば
AIに持たせることは十分に可能だと思います。


少し詳しくブログに書いてみたので、
興味のある方はブログカードをクリックしてみてください。





沢山書いたので、
長くなりついでにもう一つ。

「AIに仕事を奪われる」
という話も耳にしますが、
これも、あまり腑に落ちません。

AIは仕事をサポートしてくれるので、
仕事が楽になるだけの筈です。
にもかかわらず、仕事がなくなってしまったり、
収入がなくなってしまうのであれば、
それはAIのせいではなく、搾取によるものです。
どこかに利益が集中したのです。

本来、その仕事に関わった人々は
AIに仕事を任せてのんびりできる筈だったのに、
その分をヨコから誰かが搾取したのです。
もちろん、実際の構造は
そんなに単純ではないと思いますが、
新技術が開発されたにも関わらず、
仕事が楽になるどころか、苦しくなるという
構造的な矛盾の源は、
我々の価値観にある気がします。

一人の人間が一日一生懸命に働いて得られる
賃金が1万円だったとして、
一日に二日分、つまり2万円分働くのはとても大変です。
不可能といっていいでしょう。
なのに、その数万倍の利益を得ている人々がいるのです。
現状は常軌を逸していると思います。

「バット一振りで数百万円。それだけの経済的な価値がある!
〇〇社長の年収は数億円だ。みんなそれを目指せ!」

我々の価値観はマヒしてしまい、
羨ましいと思うばかりで異常だとは感じないのです。
「AIに仕事を奪われる」
という構造的な矛盾に、
疑問を感じないくらいに
マヒしてしまった我々のバランス感覚。

もし、お金が生魚で、
その上冷蔵庫がなかったのなら、
どんなに欲張っても魚は腐ってしまいます。
一人で一万匹の魚を搾取しても
食べきれずに腐らせるだけです。

かといって「狩猟生活をしていた頃が最高だ」
と思っているわけではありません。
政府があり、安全な現在の生活に感謝しています。
でも、現在が最高とも思えません。
日本ではその昔「一億総中流」と呼ばれた
時代がありましたが、
今ではすっかり格差が広がりました。
私たちはごく一部の裕福な人を羨ましいと思いがちですが、
実は、130億円以上の資産があると幸福感が減り、
不幸になってしまうという研究結果があります。
つまり、格差社会は
「搾取による貧困を増やしながら、搾取する側も不幸になる」
というジレンマを抱えています。

ここでチョット思考実験なのですが、

「完璧なAIを搭載したロボットが誕生しました。
そのロボットは自ら工場をつくり、自分を複製しました。
そして、ロボットは一人一台にまで普及しました。
ロボットは完璧に労働を肩代わりしてくれたので、
貧富の格差は消えてなくなりました」

さて、上記の社会で誰か困るでしょうか?
AIによる利益を享受し、
豊かになるのを阻止する理由があるでしょうか?
それとも、どうしても「持つ者と持たざる者」に
分けないと気が済まないのでしょうか?
もちろん、上記のような社会にも
健康問題など別の問題が出てくるとは思いますが、
極端な思考実験をすることで、
AI技術の方向性は見える気がします。


独り言が長くなってしまいました。
宇宙旅行や空飛ぶ車は実現しませんでしたが、
(地味なのはあるようですが)
AIに関しては驚きの進歩です。

本当に凄い時代になりました。



石のシンシア

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